2009年07月03日

躍動

さて、県立美術館。こちらも久しぶり。
三宮からなので、阪神電車「岩屋」で下車。

今は、20世紀のはじめドイツからヨーロッパ各地で
おこった表現主義が、同じ頃の明治末期から大正期にかけて
日本でどのように展開していったかを探る展覧会。

『躍動する魂のきらめき―日本の表現主義』展

萬鉄五郎、岸田劉生、恩地孝四郎、東郷青児・・・
かなり「濃い」作品がならぶ。

日曜日にもかかわらず人が少なめだったのは
大きなスポンサーのついた巡回展ではなく、
美術館の関係者が企画した展覧会だったせいなのか。

(それでも栃木県立美術館、兵庫県立美術館、名古屋市美術館
 岩手県立美術館、松戸市立博物館と日本全国を
 巡回する予定らしい)

そのおかげでゆっくり見てまわれるのだが
出展数が多く、絵画のほかに、版画、彫刻、工芸、建築、
デザイン、写真、舞台美術まで、広い会場に
かなりの点数がおかれているので、あっという間に
時間がすぎる。
(パンフレットによると350点!)

個人的にはこの時代の絵画は重くてあまり好きではない。
表現主義とひとくくりにしてしまうのも
よくわからないけれど、とっつきにくい絵が多いと思う。

建築関係はこの展覧会用に再作成された模型もあって
結構楽しめた。

写真もまだこの時代は技術が確立されていなくて
ピントがぼやけたものが多いけれど
ゼラチンプリントのモノクロームの世界は
おしつけがましいところがなくて、雰囲気がある。

やっぱり、「色」は生々しいんだな。

(でも、色即是空なんだよなぁ
 んでもって、空即是色 なんですよ。)

同じ時代の表現なのに、色がついているのと
ついていないのじゃ、こんなに印象に違いがある。

もし、今回の展示作品がカラー写真だったら
どうだっただろう。

でも、写真の生々しさと絵画の生々しさは
違うんだなー、これが。

ここをうまく説明したくて、芸術学をとってるわけだが
どうにも勉強不足。言葉をうまく使えない。

なんとなく重い気分を晴らすために
館外に出る。

なぎさ公園のほうから吹く海風が気持ちいい。

この美術館はいいところに建てられていると思うし
構造もよく考えられている。

いつ来ても、誰と来ても、一人で来ても、何回来ても、
すごく「愉しい」

帰りはJR。灘駅はどうやら改修中の模様。
何度も塗りなおされて、ペンキがこてこての
ノスタルジックな駅舎はいつまで見られるのかなぁ。
(ま、毎日使う人にしてみりゃ、早く改修して
 ほしいとは思うのだけれど)
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2008年02月15日

観察

久しぶりに美術館レポート。
(といっても、これはもう終了しちゃったけど)

「30年分のコレクション」
2007.12.18〜2008.2.11(月)
@大阪中ノ島の国立国際美術館

30年分のコレクションということで、B3FからB2Fまで
これでもかっていうくらい、次々と展示されているので
最後までたどり着くころには、おなかいっぱい。
(まぁ、常設展でよくかけられている作品もたくさんある)

まずはB3Fから

柳原義達『風の中の鴉』や
マリノ・マリーニ 『踊子』に挨拶して通り過ぎ

古いKAWAIのピアノが不規則な音を奏でる
田中信太郎 『音楽』に足止めされ

B2Fにあがる。

みたことある作品群をいくつも追い越して

工藤哲巳 『遺伝染色体の雨の中で啓示を待つ』の
不気味さになぜか心惹かれつつ

ベルント&ヒラ・ベッヒャー 『冷却塔』やら
写真ものにはやっぱり目がいく。

(でも、現代美術はやっぱり苦手やな)

もう一度、『音楽』を観察しにB3Fに降りてみようかと
ふと振り返ったとき壁の隙間から、ミロの壁画がみえた。

(そう現代美術は「観察」ってかんじがする)

手前にはアレクサンダー・コールダーのモービルが
吹き抜けの空間に浮かんでいる。

おや?この構成が一番すごいんじゃない?

ミロの壁画もモービルも常設展示品として
建物に組みこまれているので
きちんと見たことないけど、よくよく見るとかなりいいのだ。

現代美術の多くが閉じられた印象を受けるのに対して
ミロの作品は開かれている印象が残る。

子供が書いたような絵に見えるかもしれないけど
その構成力の底力を実感した一日だった。

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2007年08月21日

紺青


「西洋の青 --プルシアン・ブルーをめぐって--」
@神戸市立博物館(〜9/2 sun.まで)


青です、青。

青にひかれて、真夏の太陽に萎えつつも
行ってきました、三宮。

18世紀中ごろにベルリンで生まれた合成顔料
「プルシアン・ブルー」が、日本の江戸時代に
海を渡り、どんなふうに取り入れられてきたかが
年代をおって、展示されていく。

プルリアン・ブルー=プロイセンのブルー
今はなき帝国の名前をもつ青の名前。

ベイレンブラーウ、ベロ、ベルレンスブラアウ、ベレンス
読み方は少しずつ微妙に変わった音で
伝えられるのだけれど、この美しい発色に
誰もが度肝を抜かれたに違いないのだ。
そして、その値段にも・・・

残されている絵はやはりその時代に
すでに名のあった人の絵ばかりだったりする。

若杉五十八、葛飾北斎、佐竹曙山・・・

しかし、必見は、第W章 殿様の絵の具箱

武雄(佐賀県)鍋島家の第28代領主
茂義公皆春斎(しげよしこうかいしゅんさい)の残した絵具類に
おいて他にない。

いやー、さすがお殿様。太っ腹。
ほれぼれしますわ、和紙に包まれたベレンスの塊の鮮やかな青。
つか、よく残ってたね、こんなに。

青。青。青。

露草の青。藍(インディゴ)の青。
岩群青(藍銅鉱石)の青。
ラピスラズリの青は、ウルトラマリン(群青)

牛の血から生まれた青は、プルシアン・ブルー(紺青)

あ。今思いついた。
青い情熱って、葛飾北斎の絵に似合うわ。
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2007年05月25日

堪能

「オールド・ノリタケ展--海を渡った陶磁器--」


大賀・若林コレクションより、2007年4月28日〜7月8日(日)
@細見美術館(京都)


いやはや、ため息が出るくらい色が美しい。
形が美しい。
金とかいっぱい使ってあるのに、品がある。


イメージは、マリー・アントワネット やな。
  #現在、岩波文庫のマリー・アントワネットを読破中。
    かなりおもしろいです。こちらもオススメ。#


自分のうちのテーブルにのることなんて
考えられないけど、つくづくと見ほれてしまう。


まだ機械化される前の職人の素晴らしい手仕事を堪能できること
うけあい!


すべすべした磁器の肌にさわることができたら
どんなに幸せだろう。


ノリタケマークの変遷や、細工の技法なども勉強できるし
一見の価値ありあり。


もともと絵を見るほうが好きなので、期待せずに行ったのだけど
これは再訪したいと思うくらい、やられてしまった。


ただ・・・・・・・
目録ができてないそうで、作品のことなど
メモするものを持っていかれてほうがよろしいようで。
posted by 芳野 at 09:10| Comment(0) | TrackBack(0) | 美術のことなど・・・ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

作風

福田平八郎展@京都近代美術館。


筍の絵の人で覚えている。
もしくは、漣、柿の葉。
独特の作風だからひと目みたら
あ。あの人ってそんな名前だったんだ、と思うはず。
そして、画家の名前は記憶に残る。


そんな絵を予想して行ったら
なんと、これがまた
びっくりするような緻密な画を描く人だった。


会場は、画家の美術学校時代の絵から順をおって
作風がかわっていくのがそのまま感じられる
構成になっている。


イントロから数点見て行ったところで
「牡丹」というタイトルの絵の前で釘付けになる。


絵から牡丹の吐息が聞こえてきそうなのである。


熟れに熟れて、こぼれる寸前の妖しく甘い牡丹の吐息。
もう全体が待ちきれないのである。
それでもなんとかかろうじて保っている。
しかし、中央に我慢しきれずにこぼれかけた、一輪。


薄く墨をはいた上に色を塗ることによって
うすぼんやりと色がぼける効果がうまく使われている。


(ただ、鯉には使ってほしくなかったよー。
 なんか、こわい)


会場を進んでゆくにつれて、他の展覧会で見かけた絵が出てくる。
まさに私が知っている福田平八郎の絵。


鮎と川底の石のキャプションに、鮎が単純化できなかったと
作家の言葉が書かれていた。
そう思ってみれば、確かに川底の石とのバランスがよくない。
石らしくないのに、石に見える川底の石に対して
鮎が鮎らしいのだ。


鮎を鮎らしく描けるのだから、それでいいやん。とか
素人は思ったりするのだけれど、そこから抜き出るために
作家が表現したかったのは、かたちを緻密に描いてゆくのではなく
単純化することで、見るものに想像の空間が残されている絵。


常に何かしら写生しているような人だったようで
写生帖も多く展示されている。


そんな画家らしくつまづいたのは
自然は描けば描くほど細密になっていくばかりである
ということだった。


会場を一巡りすると、画風がどんどんかわっていくのを感じるとともに
雰囲気が落ち着いてくる。


シンプルに内包されるフクザツさを味わえる。
福田平八郎の絵を見直した展覧会だった。
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2007年05月01日

浮世

GW 第二弾。
ギメ美術館所蔵浮世絵名品展@大阪市立美術館(天王寺)


浮世絵がメインなので、ほとんどが版画だけど
北斎、写楽、広重、歌麿。
名だたる絵師の作品が並んでいる。


北斎の「龍虎」 100年ぶりに出会う。
なんておいしい目玉もあったりしてね。


入り口から、春信(鈴木春信)の錦絵。
写楽(東洲斎写楽)の役者絵(首絵)。
歌麿(喜多川歌麿)の美人画。
北斎(葛飾北斎)の風景画。
相撲絵、洋風風景画で息抜きして
広重(歌川広重)の花鳥画で締めくくる構成。


浮世絵って名がつくと、人気なんだよなー。
雨にもかかわらず、人は多く、あまりのんびりと作品を鑑賞する
かんじではなくって、残念。


大御所を横目に見つつ、
鳥橋斎栄里という絵師の
《江戸京橋名取》に注目。


書き込まれた図柄、タイトルから戯作者<山東京伝>と
おぼしき人物と解釈されているとか。


こんな肖像画のような作品がよく描かれるようになったのも
写楽の首絵以降らしいけど


歌舞伎の首絵っちゃ、今のブロマイド。
山東京伝のような役者じゃない人のブロマイドが
売り物になってるって、どういうの?
いや、ブロマイドって言葉は、今じゃ死語!?
さしずめ、ケータイの待ちうけか。


え?あ。ただ版画になってるってだけで、売り物とは限らないの?


など、など、など・・・


たった一枚の絵からもさまざまな疑問が出てくるわけで
そういうことを話せる場もないんで
まぁ、ひとりもんもんと参考書と格闘するわけですが・・・


さて、くだんの《龍虎》ですが、私の想像とははずれました。
1849年作。北斎の没したのもその年といわれてますね。
その年のなら、《漁樵図》が見たいぞ。


もしくは、同じ年に描かれた《富士越龍図》を並べてみたい。


いやいや、ここは虎と龍が出会ったことに意味を求めるべき
なんだろうか。やはり;;;


そういえば、藤沢周平の『暗殺の年輪』という短編集のひとつに
〔冥い海〕ってのがあって、そこには広重の才能に嫉妬する
晩年の北斎がえがかれている。


小説であることを忘れそうなくらい、リアリティがあって
面白いのよね。たまに読み返すし。
(藤沢作品には、『喜多川歌麿女絵草子』もある)


これを読んだら、英泉(渓斎英泉)の美人画がみたくなるけど
今回でてるのは、<鯉の滝登り>と<藻中の鯉>。
けど、なぜかひかれる。動と静。いいかんじでつりあってる2枚。
ま、一枚でもいい作品とは思うんだけど、2枚ならべられている
からこそって味わいがあると思う。


北斎の富嶽シリーズ、広重の東海道シリーズ、双幅の掛軸
並べるということの効果について考えるのも一興やな。
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2007年04月30日

彫刻

GWの幕開け初日、企画展と覚悟しつつ
やっぱり;;;のロダン展@兵庫県立美術館


老若男女、さまざまな人が訪れていて
加えて、作品も結構な数が展示されている。


とはいえ、美術館の3Fのフロアを5つのテーマで区切って
展開されていて、見学の流れとしてはとてもスムーズ。


彫刻の制作方法についても、勉強できるようになっていたりもする。


そして、太っ腹なことに結構な作品がカバーや柵もなく
どんっとおかれていたりして、ついつい右手がのびそうになるのを
左手で何度もおさえる羽目に。(触りたい〜)


で、とりあえず、私のお気に入りは《悪魔の手》やね。


これを机の上において、眺められるなら
一日中でも平気かもしれない。


大理石のほうは、作品として美しくまとまっていていいのだけれど、
バランスが悪いごつごつした石膏のマケットのほうに
ひかれてしまうのはどうしたことか。


ちょっと聞きかじりの専門的な話をすると
この悪魔の手のマケットでは、他の作品の部品を
使いまわして、別の作品を創りあげるアサンブラージュ
という手法がとられている。


この作品につかわれたのは、《カレーの市民》のためにつくられた左手と
その手の内に収まる首のない女体は、
《アサンブラージュ:頭のない裸婦と古代の壺》の
トルソと同じものらしい。(図録P.101より)


《地獄の門》のマケットとか、バルザック像の習作など
作品が出来上がるまでの過程が見られるように
展示してあるところが今回のミソ。
(サブタイトルが創造の秘密だし、ね)


あとは、ロダンがコレクションしてた古いギリシャ彫刻や
ロダンの彫刻を写した写真の黎明期?の古いものもあって
みごたえ十分。


ちらちらと図録をみていて、エドワード・スタイケン《目覚め 逆光》と
タイトルがついた写真に見覚えがなかった。
しまった。見落としたか;;;
これを見たさにまた行ってしまうかも。
それくらい美しい写真だった。


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2007年04月06日

参考

また仕事にかまけて、美術に遠のいている今日この頃。
ちょっとストレスたまり気味。
ゴールデンウィークにかけて、とりあえず行っとく展覧会リスト。
(いけるかな;;;)


兵庫県立美術館
ロダン-創造の秘密-白と黒の新しい世界--
4月3日(火)〜5月13日(日)
★ロダン好きなので、ロダンというだけで行きたい。


サントリーミュージアム天保山
生誕100年記念 ダリ展 創造する多面体
2007年3月8日(木)〜5月6日(日)
★ダリ好きなので、ダリというだけで行きたい。


国立民俗学博物館開館30周年記念特別展
聖地★巡礼 Pilgrimage and Sacred Places
--自分探しの旅へ--
2007年3月15日(木)〜6月5日(火)
●会場で流れるVTRがよいらしく、見に行きたい。


国立国際美術館(大阪)
杉本博司 様々なる祖型
2007年4月7日(土)〜6月24日(日)
おまけで、ベルギー王立美術館展
★写真の人です。あのモノクロの世界に浸りたい。


大山崎山荘美術館
版画家川上澄夫展
●川上さんには悪いと思いつつ、川上さんを見たいわけではなく
この季節の大山崎山荘に行きたいのである。
桜散る頃、あの埋もれるほど柔らかなソファで居眠りしたい。。。
(って、迷惑?)
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2006年06月23日

藤田嗣治展@京都近代美術館

パリを愛した異邦人 生誕120年(5/30〜7/23)

藤田嗣治である。

LEONARD FUJITA という名前でも知られているらしい。
パリの絵という宣伝文句が常に使われているような気がする。
この人の描く、白い女の人の絵を見たことがある。

そんな曖昧な知識のまま、京都近代美術館に出かけた。
毎週金曜日は、夜8時まで開館されることから
スクーリングの帰りにバスを途中下車すれば、ちょうどいい。

あまり、好みの絵ではないのはわかってたけれど
見終わったあとも、あまり好きにはなれなかった。

(もともと自画像を多く描いている画家は好きじゃない。
 それって偏見だけど)

「消音TV」な雰囲気の絵だった。

額縁の中に閉じ込められた世界。
ただ、画像だけがそこにある。
空気も音も匂いも、何もなくて、ただ画像だけがある。
深夜の音を消してるTVの画面みたいだ。

はいりこめない画。
仲良くすることを拒む画。

少し前に、同じようにパリを描いたという宣伝文句がよく使われる
西村功の画も見に行ったのだけれど
そのときも、いまひとつノリが悪かったことを考えると
私はパリとの相性がよくないのかもしれない。

詳細はコチラ→京都近代美術館HP

それよりも!!

コレクションギャラリーで公開中のルドンの絵。
『若き日のブッダ』

やっぱり「好い」なぁ〜。
コレクションギャラリーのほうはいつも人が少なくて
この日は、この画の前でぼーっと立ってても
誰の邪魔にもならなくて、ラッキーだった。
posted by 芳野 at 19:59| Comment(2) | TrackBack(1) | 美術のことなど・・・ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月25日

熊谷守一展@姫路市立美術館(4/29)

「純粋」ということ  (〜5/28)

市立美術館なので、広くありません。
作品点数もそれほど多くないし、ゆっくり時間を
かけて見ることができます。

熊谷守一の画は、個人的に好きなのですが、
こんなふうに展示されるものより
一点、どこかに飾られているほうが似合うと思います。

油絵は、単純な線と色で構成された独特な画です。

「伸餅」という画を天皇陛下がご覧になって
この画は何歳の子どもが描いたのか?と
お尋ねになった、そんな逸話も残っています。

他に水墨画や書もあります。

彼の対象は、小さな動物や足元にいる虫たちです。

見栄とか打算とかで飾り立て、武装しなければ生きていけない人間には
興味を持てなかったのでしょうか。

このコレクションの所有者である木村定三氏の解説が
図録に載っています。


企画展示とはいえ、部屋の制約もあってか
ちょっと見難い配置になってます。

それよりもなによりも、この美術館のとなりには
世界遺産「姫路城」があるのです。

素晴らしい日本の技術に触れられる機会ですから
ぜひとも晴れた日には、天守閣へ。

「天下とったる!」という気持ちが
盛り上がりそうです。

(天下とったからといって、幸せかどうかは別問題)
posted by 芳野 at 18:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 美術のことなど・・・ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月24日

フンデルトヴァッサー展@京都近代美術館

「人と自然---ある芸術家の理想と挑戦」(〜5/21まで)

かの有名な?大阪舞州の巨大ゴミ焼却場を設計した人です。

阪神高速空港線を走っているときに見える、遊園地風の建物が
ゴミ処理場だと知った時は、これを採用した人の気が知れんと
思いました。
(展覧会を見終わったあとも、その疑問は残ったままです)

たぶん、この人はずっとそういう「社会」とか「世間」といわれる
非条理と戦ってきた人だと思います。

会場には、いくつもの大きな模型が展示されています。
そのどれもが、遊園地のような彩りにおおわれ、「楽し」そうです。

クンストハウスウィーン@オーストリア
ブルマウ温泉村@オーストリア

実際の建造物でもあるこれらは、その土地になじんでいるようにみえます。
それなのに、なぜゴミ焼却場はそこだけ異空間になってしまうのでしょう?

舞州という場所が、人工的空間というだけではなく
圧倒的に緑(植物)がない場所だからでしょうか?
けれど、大阪にあるキッズランドは、街になじんでみえます。
もしかしたら、日々ゴミを排出する一方である私達には、後ろめたさが邪魔をして
否定的にしかとらえられないのかもしれません。

とか、いろいろ考えることはつきないのです。

会場に流れていたビデオで彼の言っていた
直線は限界がある。曲線には終わりがない(かなり意訳)というような
言葉がひっかかっています。

この建物もエントランスの吹き抜けから見る
外の新緑が、この季節は素晴らしいです。
posted by 芳野 at 19:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 美術のことなど・・・ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ボストン美術館所蔵 肉筆浮世絵展@神戸市立博物館

「江戸の誘惑」(〜5/28まで)

私自身は江戸には誘惑されたくありませんが
北斎には誘惑されそうになりました。

かの有名な冨嶽三十六景をはじめとした版画は
あちらこちらの展覧会でお目にかかることは
あるけれど、この展覧会では、彼の肉筆画が
どんと8点も!見られます。

他の美人画やら風俗画もそれなりのものなのでしょうが
北斎は違う。レベルが違う。たぶん、いや、絶対、違う。

何を根拠にそんなこというの?と聞かれると
答えられない自分が歯がゆいのですが、画狂人という言葉が
うなづける人はそうそういないと思うのです。
(だからその根拠は?)

そういうわけで、他の画をあまり詳しく見ていませんが
たぶんよいものがあるのだと思います。
(会場じゅうに立てられた、等身大の美人画看板はいただけません。
 うっとおしい)

この博物館は、旧外国人居留地にあり、桜井小太郎氏設計で
旧横浜正金銀行(現 三菱東京UFJ銀行)神戸支店ビルとして
建設されたビルを転用しています。(1935(昭和10)年竣工)

今回のような企画展示は、建物を貸しているだけというかんじですが
建物を見るだけでも価値があると思いますし、コレクション展は
掘り出し物があります。企画にあわせたレクチャーは毎土曜日に
開催されることが多く、違った視点で見られるようになるから
利用価値「大」です。
posted by 芳野 at 19:59| Comment(0) | TrackBack(2) | 美術のことなど・・・ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

川端龍子展@滋賀近代美術館(5/14)

かわばたりゅうし、です。たつこ、じゃないですよー。
(前売り見せたら、そういわれました。
 ふむ。そう読むよなぁ、普通)

繊細で技巧を凝らした画が主流となっていた院展の
作風になじめず、自ら「青龍社」という日本画団体を立ち上げ
以降、第二次世界大戦や多くの「いっちょかみ」を乗り越えて
昭和41年、80歳でなくなるまで、精力的に画を描き続けた人です。

初期の頃からの画も展示されていますが
青龍展を始めたころの、紺地に金泥で描かれる
「草の実」「草炎」には見とれてしまいました。
夏のかんかん照りを紺地で表すとは・・・・・・やられた。

さらに晩年の作品、「臥龍」とか「源義経(ジンギスカン)」には、
息をとめて見入ってしまいます。
か、かっこええやん!!

彼が亡くなるとともに「青龍社」は解散しました。
なぜなのか気になります。

美術館周辺のきれいに刈り込まれて矯正された若葉も
雨に濡れると、少し野生を取り戻したように生き生きみえます。
ここは館内から窓越しに見える庭園も、なかなか美しいのです。
posted by 芳野 at 19:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 美術のことなど・・・ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年02月03日

もうひとつの楽園@金沢21世紀美術館

タイトルもよい。
コンセプトもよい。
広告デザインもよい。
美術館もよい。

なのに・・・

今流行り?の隅研吾氏が中心になって
茶室を新解釈してみましたっていう、T-roomプロジェクト。

こいつが今回のメインになっているようなのだけれど
このところ茶道にはまっている私としては
何だかなぁ。

別に新解釈なんて、してないじゃん。
(つか、新解釈の必要性がわからん。茶道は茶道だ。)

そう思ってしまったのだった。

何かを壊さなければ、新しいものは生まれないのよ、隅さん。

ちょっとはみ出したくらいじゃ、中途半端なだけで
何もおもしろくもない。

大きいもの、奇をてらったもの、時間のかかるもの

確かにね、そういうものを作るにはパワーが必要だし
持続する根性も必要なのはわかる。
その人にしか思いつかないことを
表現してみせるのもすごいことなのかもしれない。

だけど、それを作ったからって、そいつが芸術だといわれても
どうしていいのかわからない。

もしかしたら、私が現代アートが苦手なのは
そのへんにあるのかもしれないと思う。

マルセル・デュシャンのやったことが
わからん私には、遠い世界なのかもしれないわ、と思う。

すごいなぁ、おもしろいなぁ、と思うことがあっても
「美しい」と思える作品には出会えなかった。

楽しめるには違いないのだけれど
美しいものが見たいのよ、私。

公式HP→Altarnative Paradise

posted by 芳野 at 13:05| Comment(0) | TrackBack(0) | 美術のことなど・・・ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

市民権のある美術館

金沢21世紀美術館。

夏に行った地中美術館にがっかりしたので
ナリモノ入りで作られたこの美術館にも
大きくは期待していなかったのだけれど
ここは、素晴らしい!

なんでかっていうと、まぁ、自分が愉しんだから。
(いや、愉しめないものを素晴らしいとは言えないし)

展示室が細切れになっていて、だいたい
ひとつの展示室に一人の作家を展示する仕様。

壁なんかは白くて、照明も十分に考えられている。

または、作品そのものが美術館の建物に
取り込まれていることもある。

そういうかんじで、地中美術館と21世紀美術館は
結構似ていると思う。

(タレルの部屋もあるし)

でも、全く違うんだ。

21世紀美術館はにぎやかである。楽しいのである。
子どもが多いのである。
(ただし、これには若干注意が必要。美術館という性格上
 静かに鑑賞したいということもあるだろうから)

21世紀美術館は、建物に組み込まれた作品は
無料である。

タレルの部屋(BluePlanetSky)からみえる青空は美しい。
レアンゾロのプールに差し込む光は美しい。

例えば、館内の市民ギャラリーで知り合いが何かをやる。
それを見に来たついでに、じゃ、企画展見てく?とか。

暇つぶしに行って、カフェでお茶しよかなー。
ついでになんか企画展があったら見てく?とか

相乗効果はバツグンだと思う。

いや、ここのカフェの料理はおいしい。ケーキもおいしい。
(ニューヨークチーズケーキは激ウマ!)

近くにあったら、常連になっちゃうよ。きっと。

ただ鑑賞するだけではなくて、自分も作品に参加する。
そういうことが許されている美術館の存在は
とっても貴重だ。

小さい頃からこうやってかかわってきた子どもたちが
どんなふうに成長していくんだろうか。
その子どもたちがこの美術館を引き継ぐとき
どんなふうに変わっていくんだろうか。
すごく楽しみである。

金沢21世紀美術館HP

posted by 芳野 at 12:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 美術のことなど・・・ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年01月04日

100円の至福

今年の美術館めぐりのはじめの一歩は
西宮大谷美術館

新春 大谷コレクション展は
『彩りの部屋』 2006-1/2(月)〜2/12(日)
特別展示:日本画の四季。

コレクションの中から「色彩」をテーマに
50点が、「青」「赤」「黒」「金」の部屋に
分類展示される。

増田正三郎『2つの立方体のある風景』のブルーに
はまりこみそうになり、梅原龍三郎『赤地ダリヤ』の
色使いに惹かれ、浜口陽三『赤い鉢と黒いさくらんぼ』が
1966年、私の生まれ年に製作されたことに驚き
藤岡鉄斎の『山水図』屏風にみとれ、日本画の四季に突入。

上村松園『蛍』は美人画の王道だけれど、伊東深水『吹雪』も
これまた美しい。

そして、今回のいちおしは、河野通紀。
「赤」の部屋に3点と「黒」の部屋に2点。
その中で必見は、「蟹化」。

虫になっちゃった人とか(カフカ『変身』)
虎になっちゃった男とか(中島敦『山月記』)あるけど
そんな話をつい考えてしまいそうな絵だった。

他の絵もついついSF仕立ての
ショートストーリーを思い浮かべてしまそうな
そんなかんじの絵だと思う。

音楽が聞こえてきそうな絵というのもあるけれど
ストーリーを思い浮かべてしまう絵もあると思う。

蟹になっちゃった男。そんな話だ。
でも、肝心のはさみが両方ともない。
なんでないのかは、読んでからのお楽しみ。
なんて帯の文句まで考えてしまった(やりすぎ)

(でも、なんで変身するのは男ばっかり?
女は妖怪には変身するけど、虫やら獣には
ならんよなぁ・・・)

あと、「青」の部屋にあったマリー・ローランサンの
『青衣の美少女』が意外にヒット。

あ、いやー、マリー・ローランサンの絵って
あちこちにコピーがあるから、ちゃんと向き合ったことなくて
今回はじめてのご対面。

全体にツートーンくらいグローがかってて
ベビーピンクが、少女のほほの色、唇の色
胸に飾った(持った?)花の色に使われて
全体の差し色になっている。

ああ、こんな少女なら連れて帰りたい。

まったく、そう思ってしまわせる絵である。
たぶん、この絵を手にいれた時、そう思っちゃったんじゃ
ないかと思う。(そんなわけないか)

まぁ、なんだかんだいって、学割使ったら入場料100円。
(大人通常料金300円)

今日は人もずいぶん少なくて、思う存分
作品に対面して、その世界にどっぷりひたりこんで
このお値段。素晴らしい。

こうなるとこの美術館の経営にも興味がわいてくる。
卒論のテーマにこのへんを選ぶのもおもしろいかもしれん。

ただ、いつ来ても思うのは、BGMの選曲は
絶対に間違ってる。ついでに言えば
展示順がたいがい右回り。
阪神競馬場がある阪神やねんから、左回りが原則やろ。
なんてな。
まぁ、そのへんは特に決め事があるわけじゃないんだろうけど
どうも見にくい。

それくらいだけど、音楽は結構耳障りなんだよな。
なんかいっつも交響曲が流れてるんだわ。
(クラッシック通ではないので、曲はわからん)
美術館に音楽は必要か必要でないか?
これもテーマとしては、おもしろい。

なんやいうても、缶ジュース一本にも満たない値段で
こんな至福体験させてくれる美術館関係者に感謝。
posted by 芳野 at 11:46| Comment(0) | TrackBack(4) | 美術のことなど・・・ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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